宝彩瞑想会|中野支部

瞑想の基本から、その奥まで。

12月の中野支部瞑想会レポート|032

2013年12月25日(日)の午後、第32回中野支部瞑想会を開催しました。今回は、瞑想会初参加の方からいくつか出た質問をご紹介します。

まず、朝、起きてから瞑想する場合、顔を洗ったりウォーキングしてからでもいいのかという質問。
一般的なアドバイスとしては、激しい運動をした後に行なうのはお勧めしませんが、ウォーキング程度だとそれほど問題ないように思います。
ただ、運動量や個人によってその影響は変わる可能性もあります。なので、実際に、瞑想にどういう影響があるのかは、一週間ぐらいずつ瞑想を先にしたり後にしたりして、ご自分で試してみるのがいいでしょう、とお答えしました。

次に、「瞑想すると不安は消えますか?」という質問があったので、何か具体例はありませんかと聞いてみました。すると、人の目が気になる。たとえば、電話がかかってきた時、周りにどう聞こえてるか気になるから隅に行って話していますとのこと。

もちろん、瞑想するのも精神の安定に効果的だと思いますが、その場で不安を処理することもできます。
ポイントとしては、不安な気持ちになるその直前に自分が何を考えていたのかを観察する。あるいは、電話で話していることを周りに聞かれたら、どう思われると思っているのか?
それが分かれば、その反対に思考の向きを変えることで、不安は消えます。たとえば、「批判されたくない」と思っているのであれば、これは否定形の表現なので、まず、この欲を肯定形にします。「認められたい」です。その思考の向きを反対にします。
つまり、「自分が認められたい」を「相手を認めてあげる」に。不安を感じる時だけでなく、日中、自分が誰かを批判的に見ていないか観察して、「認めてあげる」に変更するよう心がけてみてください。そういった内容の話をしました。

何度か瞑想した後、呼び水を。今回のテーマは、クリスマスや年末年始。その後の瞑想では、皆さん、懐かしい過去を思い出されたようです。おかげさまで、いい瞑想会になりました。参加者の皆さん、ありがとうございました。
今回も感想をいただきましたので、下記にご紹介します。

先日は瞑想会でご指導いただきありがとうございました。初めての参加で驚きの体験をしてしまい、まだちょっと心の整理がつかない状況です。長文になります。

そもそも宝彩瞑想を始めたのは、いま4年続けているヨガのときと同じで、ちょこっとかじってみたらなんかすっきりする、気分がいいというのがきっかけでした。
瞑想会に参加しようと思ったのも、3か月ぐらい自己流で続けてきて、そろそろやり方をチェックしたほうがいいかなと思ったからなのですが、初の呼び水で現れたイメージが、なにか封印を解いてしまったようです。

「クリスマス」を呼び水にして、次々と連想していきましたが、両親と3人姉妹の5人家族で7回引っ越して、小学校も4つ転校して、といったことを思い出しました。
最後に「受験勉強」を連想した時は、「クリスマスといっても楽しいというより、家族がだんだんバラバラになっていく淋しいような感覚しかないなぁ」と瞑想に入る直前に考えたりしました。

タンブーラの音の中でふっと現れたのは、一面の雪景色の中で赤いフード付きの上着を着て遊んでいる妹のイメージでした。呼び水に関連したイメージは棚上げしなくてよいということだったのでしばらく眺めていました。
あんなサンタが着てるみたいな赤い上着なんか妹は持ってたっけ。娘が赤ちゃんの時来てたのと同じ色だからきっと記憶が混ざってるんだな。娘と妹はよく似ているんだけど、ちょっと違うんだよな。そう今見えてるみたいに、鼻のあたりとか口もとが。ああ笑ってる、楽しそうな顔している。
そのとたん、涙があふれて止まらなくなりました。
自分で自分にびっくりして、「どうしよう。涙が勝手に出てくる。でもここにいよう、見ていよう。」と言い聞かせていました。
妹は27歳で亡くなりましたが、イメージの中では小学生の姿をしていました。

その日は、瞑想会のあとは仕事に戻るつもりだったのですが、「体調急変(あながち嘘じゃない)につき直帰します。あした朝イチで片付けます」とメールを入れました。
その日と次の日は怒涛の忙しさで、3時間睡眠が2日続きましたが、不思議と疲労感はなかったです。ただ胸が痛いような熱いような感覚は続いていていました。

妹が亡くなったのは10年以上前のことで、最近では特に悲しい気持ちも起こらなくなって、「悲しかったり辛かったりしても、時が解決するんだな」と思っていただけに「そうか。いまでも大好きな妹を失って深く悲しんでいる自分がいるんだ。」と気付かされました。
明け方目が覚めたときに、ふとあのイメージが思い出されて「会えて良かった。私の妹に生まれてくれたありがとう。」と心の中で呟きました。なんとなくそうするのがふさわしいような気がしたので手を合わせていました。

ふだんの瞑想についても、終了時間がわからなくて20分とか40分とかやっていることがある、と質問したら、「そもそも集中力は最大で15分しか続かない。30秒も思考を追いかけているのは長すぎ。思考を追いかけていることに気づいたら、いったん切り上げたほうがいいですよ」ということでしたので、今まではちゃんと集中していなかったんだということがよくわかりました。だらだら瞑想は改善しようと思います。

またやんげさんが「前日にテレビを見ないようにとか、余計な刺激をあたまに入れないようにして翌朝の瞑想に備えたりする。」と話されていたので、第二段階へ行くには日ごろの意識も大事だなと思いました。
学ぶところがとても多く、参加して良かったです。また機会があれば顔を出したいと思います。ありがとうございました。

まる

まるさん、こんにちは、チバです。素晴らしい感想メールありがとうございました。
瞑想中には、びっくりするようなことが起きたりもしますが、全ていいことです。自分に準備ができた時、自分にとって必要なことが起こります。その場合、何が起こっても、起きるがままにしておくことが肝心です。これは、瞑想する際の基本的な態度です。
なので、まるさんの対応はとても良かったと思いますよ。

悲しみは感謝で癒されます。
たくさん感謝してあげてください。
妹さんとの楽しかった思い出に。
たくさん、たくさん。

宝彩瞑想リーダー:チバ

11月の中野支部瞑想会レポート|031

2013年11月24日(日)の午後、第31回中野支部瞑想会を開催しました。ぶうぶさんから、日常の修行について聞きたいとのリクエストがあり、「それでは、最近、何か嫌な気分になったことはないですか?」と聞いてみました。すると、「職場で挨拶をしても返事をしない人がいて、ムッとしました」とぶうぶさん。

挨拶をしなければいけないという判断基準というか指針を持っている場合、アタマは自分が持っている基準は、自動的に他人にも当てはめます。それが常識だとか、人として当然のことだと言い張ります。また、怒りは、その基準からはずれた人を基準に従わせたいという行動エネルギーです。実際に行動に出るかどうかは別として。

自分の判断基準を、他人に当てはめなければ、問題は解消します。自分は、自分の判断基準を守る。でも、他人はそれを守る必要はない。自由にしてあげる。そう考えると、相手を許せます。そして、それができると、自分もその判断基準に従うも従わないも自由になります。

また、毎朝、通勤電車で隣に乱暴に座ってくる人に腹が立つというお話もありました。その場合、どういう欲、どういう思考が走っているでしょう?その思考の向きを反対にするには、どう考えればいいでしょう?愛と欲の8要素表を使って、ちょっと考えてみてください、という話も。

それに対して、ぶうぶさんは、4つのうちのどの欲かを見つけるのに少し迷っていましたが、「『自分を尊重して欲しい』だから、尊重してあげるですね。ああ、私がちょっと体をずらしてあげるとかすればいいんですね。明日の朝が楽しみです」と嬉しそうに、おっしゃってました。

瞑想は、全部で5本。呼び水は、子供の頃に好きだったメニューをそれぞれ利き手とは逆の手で画用紙に絵を描きました。楽しい充実した瞑想会でした。
後日、ぶうぶさんから感想メールをいただきました。

こんにちは、ぶうぶです。日曜日は、たくさんのアドバイスをしていただきましてありがとうございました。

自分は、不機嫌になりやすいタイプと思っていましたが、その原因のほとんどが、相手がどうこうでなく、自分の欲から来るものということを教えていただきました。
「なんでだよ」「あの人は失礼だ」という感情の乱れが起きたときには、真っ先に自分の気持ちを探ってみたいと思います。

一つ、発見がありました。職場の話で、所長に完了した書類を渡した時の話です。

所長「これは、どういうことだ」

私「○○ですよ」

所長「わかったよ」

質問をされたときの私の頭の中は、「書いてあるだろ。よく見ろよ」 → 「何でよく見ないんだ」 → 「よく見てほしい」 → 「教えてあげます」
このように考えたら、急に楽になったし、引きずることもありませんでした。11月23日までなら、「よく見ろよ。まったくこの人は・・・・・・・」みたいな感じで、かなり溜めていることが多かったです。これから、色々発見できればと思っています。

日常の過ごし方が非常に大切で、それをないがしろにして座っている数十分で深い瞑想をするのは難しいというアドバイスも強く残っています。こちらの点を十分に気をつけながら、新しい自分の発見をしていきたいと思っています。

近いうちに、瞑想会に伺いたいと思っております。本当にありがとうございました。

ぶうぶ

ぶうぶさん、感想ありがとうございました。

感情を生み出しているのは、自分の思い込みや判断基準です。まあ、簡単に言えば、欲の思考です。感情は、思考から生まれます。なので、その感情が起きる前にどういう思考が走ったかを観るのがポイントです。これを「観照」といいます。そして、その思考の向きを反対に変える。

日常の修行のポイントをつかまれたようで、ぼくも嬉しいです。今度お会いする時にどんな話が聞けるか楽しみにしています。

宝彩瞑想リーダー:チバ

10月の中野支部レポート|030

2013年10月13日(日)の午後、第30回中野支部瞑想会を開催しました。今回は、日常の修行をテーマに少し話をしてみたいと思っていたので、最初の瞑想の後に、どんな雑念が出て来たのかを紙に書き出してもらいました。そこで出て来た、仕事や人間関係の棚上げしにくい懸案事項をどう棚上げするか、あるいは、瞑想前にどうやって片付けておくか。そんな流れを予定していました。

ところが、みなさん、日常生活ではいたって問題がないようで(笑)、いつもの家でする瞑想と違う点が気になったり、棚上げが上手くできるかなとか、瞑想会という状況に対応した雑念ばかりのようでした。

中には、何度か瞑想会に出席している方がいて、「最後の感想コメントで、何て言おうか」という雑念もありました。そこで、それを題材に、どうやって懸案事項を片付けるかというお話を。
よく話を聞いてみると、感想を言うことによって人からどう思われるかが気になるようで、まず、それがどういう欲なのか言ってもらい、次に、その欲を肯定形の文章に直してもらいました。肯定形にするというのは、「馬鹿にされたくない」→「尊敬されたい」という感じです。この方の場合は、「よく分かってないと思われたくない」→「よく分かってる人だと思われたい」でした。

欲を解消するには、その反対の愛の方向に考えます。「自分が、認められたい」と思っている場合は、「相手を、認めてあげる」。瞑想会の感想で、自分がどう思われるかを気にするのではなく、他の人が言ってることに関心を持つ。「ああ、いいこと言ってるなあ、なるほどな」と、認めてあげる。「よく分かってるなあ。修行が進んでるなあ」と褒めてあげる。
ほら、これでその問題は解決したでしょ?(笑)と言うと、納得されたようでした。その後、何本か瞑想しましたが、その感想の雑念が出て来たのは一回だけで、すぐ棚上げ出来たそうです。

他には、映像の雑念が出て来た場合の対処方法の話もしました。それについて、どういう意味だろうとか、何だろうとか思わない、また、その雑念を消そうともしない。要は、取り合わずに放っておいて、自分はマントラを唱えます。

そんな話をしながら何度か瞑想をしている内に、第一段階の終わりに近づいて来てるような方もいたので、久しぶりに呼び水をやってみました。テーマは「学校でやった遊び」。みなさん、しっかり過去の思い出しができたようです。

今回の瞑想会は、全体として瞑想が深くなっており、最後の方はしっとりとした雰囲気でみなさん気持ちよさそうでした。ありがとうございました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

9月の中野支部レポート|029

2013年9月29日(日)の午後、第29回中野支部瞑想会を開催しました。今回は、大勢の方に参加していただき、瞑想会は初めてという方がほとんどでしたが、バラエティに富んだ質問があり、充実した楽しい一日となりました。

中でも、個人的に興味深かったのは、「職場でストレスがあり、瞑想でもそのことを繰り返し考えてしまう」というBさんの話でした。前回の支部瞑想会でも、職場の出来事を棚上げできないAさんがいらっしゃいましたが、Bさんの場合は、職場で「周りの期待に応えたい。周りに認められたい」という欲でした。

認められたいというのは、もう少し具体的に言うと、どんな感じですか?欲というのは恐れの裏返しなので、もし、認められなかったら、どんな心配がありますか?
たとえば、経済的な心配はありますか? 何か失敗したとき、給料とかボーナスの心配をしますか?

いえ、そういった心配はありません。どちらかと言うと、ミスして人に迷惑をかけたくないです。人に迷惑をかけたくない、いい人だと思われたい。そんな感じです。

なるほど。じゃあ、「人に迷惑をかけたくない」の反対は何だと思いますか?

人に迷惑をかけてもいい……?

あははは。それは、無理でしょう。そうは思えないと思いますよ。なぜなら、「迷惑」という言葉に、すでに解釈・判断が入っています。反対にするポイントは、そこです。
Bさんがミスをして、周りの人の仕事が増えたとき、「手伝ってくれてる」と解釈したことはありますか?
そういう解釈の変更は、いくらでもできると思います。
手伝ってくれてありがたいなあと感謝する。いい人だなあと認めてあげる。「迷惑をかける」というのは、自分を守ろうとしています。「助けてくれた。ありがたい。いい人だなあ」というのは、自分のことは考えてません。それが、欲の思考を愛の思考に転換するということです。
思考の向きを、「自分のために」から「相手のために」に変える。それが、反対という意味です。次に、同じようなことが起きたらチャンスなので、「手伝ってくれてありがたい」と思ってみてください。

こういった話をすると、Bさんは、はっと驚かれた様子でした。その後の瞑想では、今までになかった瞑想だったとお話ししてくれました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

8月の中野支部レポート|028

2013年8月17日(土)の午後、第28回中野支部瞑想会を開催しました。今回は、瞑想会に参加するのは初めてという方々がほとんどで、わりと基本的な瞑想の説明や質疑応答が多かったのですが、その中から、e-講座受講生のAさんとの質疑応答をご紹介します。

瞑想中、何度も同じ思考が上がってきて、「棚上げ」ができません。これは、この雑念に執着しているということだろうと思いました。
愛と欲の8要素表で考えると、「執着(hold)」の反対の愛の方向は「手放し(drop)」だから、「まあ、いいかあ」と思ってみても、すぐにまた同じ雑念が出てきます。瞑想中もそうですが、日常でも同じことを何度も考えてしまいます。

「何度も同じ雑念が出てくるから、それは“執着”だ」と判断するのは、愛と欲の8要素表の使い方からすると、ちょっとポイントがズレているのでは?
その考え方でいくと、何度も出てくる棚上げしにくい案件は、すべて「執着」ということになりますね。じゃあ、他の「欲(欲しい)」「比較(比べたい)」「不満(もっともっと)」って何なんでしょう?
たしかに、何度も考えるということは、その思考に執着しているということですが、修行で必要なのは、「なぜ、自分のアタマは、その思考に執着しているのか」を観ることです。
何かに執着してる=保持欲と、概念的に考えるのではなくて、“何に”執着しているのか、具体的に、自分の欲を探ってみてください。Aさんが、繰り返し考えてしまう案件って、具体的にはどんなことでしょう?

こう話したところ、Aさんは、その日の瞑想では、上司に叱られたときのことを考えていたそうで、その元を探ってみると、「上司に、認められたい」という欲のようでした。

それなら、その反対は「上司を、認めてあげる」ですね。たとえば、「部下のミスを叱るのは上司として大事な仕事だなあ、よく働いてるなあ」と、認めてあげる。
そうすると、「貴重な時間とエネルギーを使って、叱ってくれて、ありがたい」と、感謝にも行けます。そういうふうに、出来事の解釈を変えれば、それは「問題」ではなくなり、あれこれ考える必要もなくなります。あるいは、「認められたい」欲を発見したあとであれば、「認められなくても、まあいいか」も効くかもしれません。

いずれにせよ、修行は、「具体的に」と心がけるのがいいですよ。マインドは、自分の欲を観ることを嫌がるので、具体的な話を避けようとしますが、そこは、がんばってください。

こういう話をした後、瞑想を何度か繰り返しているうちに、Aさんは、第一段階の終わりの方まで行ったようで、リラックスして気持ち良さそうにしていました。そこまで瞑想が深くなったのは初めてとのことで、ぼくも、うれしかったです。
後日、Aさんから感想メールをいただきましたので、ご紹介します。

先日の中野での瞑想会に参加したこの前の瞑想会はありがとうございました。いつもよりも深く瞑想に入れた感がありました。瞑想会が終わったあともこの余韻を楽しみたいと思いまして、お茶のお誘いを遠慮させていただきました。

ブログでも掲載頂いた、私の質問へのご回答もありがとうございました。「マインドは、原因の追及に非常に嫌がる」という点に、はっとさせられました。自分は、いささか愛と欲の要素を誤解していたようですまた、本当の欲を発見するアプローチとして、なるべく具体的にというアドバイスはあれから日々やっています。

自分は「嫌われたくない」、「無視されたくない」という欲が強く、それらの元欲は「ほめられたい」とか「関心をもたれたい」という欲が強いのだなと思いました。
今まではそれらの「欲」を「執着」だとして「捨てる」の方向に行っていたのですが、今日やってみたのは、人に対し「たいしたもんだな」と思うことです。自分にあんまり関心が行かないので「あれ、結構スムースに処理できるかも」という感じがありました。しばらくやってみます。
いろいろとありがとうございました。また、折に触れ参加させてください。

感想ありがとうございました。愛と欲の8要素表の使い方のコツをつかまれ、どんどん修行が進んでいるようですね。ぼくも嬉しいです。

元欲に関してですが、「ほめられたい」とか「関心をもたれたい」という欲は、いわゆる「認められたい欲」ですね。
ただ、ひとことで「認められたい欲」と言っても、たとえば、職場で褒められたいのと家族や友人に褒められたい場合では異なっている可能性があります。職場では金銭欲が元欲だけど、家族に対しては愛されたい欲だったりとか。
あるいは、欲とは、恐れの裏返しとも言えます。ほめられなかったら、起こるであろう事態への恐れです。マインドは、それを避けたい。そのあたりも観ていけば、元欲をしっかり見つけられると思います。

宝彩瞑想リーダー:チバ

7月の中野支部レポート|027

2013年七夕の7月7日(日)の午後、第27回中野支部瞑想会を開催しました。参加者のようへいさんから感想をいただきましたので、抜粋してご紹介します。

一本目の瞑想ではごく最近の出来事と、自分が感じていたり考えていたことが出てきましたが、比較的マントラに戻ることができたのですが、途中ですごく退屈な気分になって眠気が来たのですが、ここで寝たらマイナスの影響が出ると思って踏ん張りました。ただ、印がぜんぜん解けてなかったので、眠気は気のせいかと思いました。

二本目の瞑想では少し前の出来事がポンポン出てきて、結構それに引っ張られました。

三本目で前に倒れこむときに体が柔らかくなっていたので、少し緩んできたかなと思い、すこしほっとしました。
そして、ここではなんか昔なのか最近なのかよくわからない、特に自分の中では印象に残っていない出来事や、架空の(仮想の)出来事が出てきましたが、この時くらいから頭の前の方がすこしビリビリくる感じと、頭蓋骨に少し隙間が空いて楽になるような感覚がありました。

次に呼び水というものを初めてやりましたが、子供のころ好きだったミニ四駆の絵を左手で描くという作業自体がおもしろかったです。そういえばコーナリング用にココこだわったなあ、とか性能の良いモータが欲しくて、父親にタミヤに連れて行ってもらったなあとか思い出しながら書いてました。

四本目はそのミニ四駆から当時住んでいた愛媛県が出てきて、次に20年以上忘れていたその時仲良かった友達が浮かんできて懐かしかったです。

ラストの五本目では小さい頃の母親のことをすごく思い出しました。弟とのエピソードや母親との思いでが浮かんできて、そのエピソード自体はそんなに楽しいことではなかったんですが、そういえばそんなことあったなあ、と自然と笑いがこみあげてきて終了しました。

感想としては肉体的なとこと精神的なことにわけると、肉体的には前頭部がびりびりしながらも体が緩んで、あと脈拍もゆっくりになりましたし、呼吸も深くなってとても落ち着きました。
帰りの電車で足がフワフワするというか、なんか地に足ついてない感じがして、ぼーっとして不思議でした。

精神的にはなんかぼーっとしてるというかぽかーんとしか感じで、あんまり何も考えられなくなりました。いつもだといろんな想像がかけめぐっていろんなシミュレーションして興奮してるんですが、今日はそれがないですね。とてもシーンとした感じです。

このままもう一本瞑想してから寝ます。この単身赴任中は瞑想漬け!というこにします。今日はありがとうございました。

ようへいさんは、初めての「呼び水」だったそうですが、見事に第二段階に入られたようです。
瞑想会後の「ぼーっとしてるというかぽかーんとしか感じ」というのは、前頭葉の働きが落ち着いて、本当にリラックスされたのだと思います。ぼくも宝彩先生の瞑想会に出席したとき、何度か同じような経験をしました。たしかに、なんとも不思議な感じですね。ようへいさん、素晴らしい感想をありがとうございました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

6月の中野支部レポート|026

2013年6月2日(日)の午前に、第26回中野支部瞑想会を開催しました。ほとんど初心者の方だったため、今回は、瞑想の基本から説明していきました。
体操をして最初の瞑想の後、おなじみの「音を聴く」「105引く7」「もういくつ寝ると」といったワークを行いましたが、リアクションが良くて楽しかったです。参加される方も、話を聞いているだけよりも、こうしたワークを実践することで、瞑想中のアタマの働き方について体験的に理解していただけたと思います。

その他、瞑想中に姿勢や呼吸について気にしないこと。マントラを唱え続けることではなく、「棚上げ」が、瞑想の第一段階の目的であること。雑念には、なるべく早く気づいた方がいいが、いちばん「早い」のは、気づいたその時点だということ、などなど。

また、瞑想中に出てくる痛みや痒み、映像といったものが出てきた時、どうすればいいのか?という質問がありました。
それがどういうことなのか、どうすればいいのかと考えること自体が、雑念なので、それがあることを認めて、そのままほっておくのがいい。瞑想中に悪いことは起きません。音や映像の雑念などは、記憶を元にいくらでもマインドは作り出せます。自分で瞑想を難しくしないでくださいとお話しました。

瞑想が深くなると、さらにいろいろと思いがけないことが起こることもありますが、その人にとって、必要なことが必要な時に起きるだけです。その時のための練習だと思って、自分で自分を迷わさないようにと。

参加者の中で、目を閉じてじっと話を聞いていた方が、最後の感想の時、「瞑想を難しくしているのは自分だという話が印象的でした。これからは、シンプルに瞑想を続けていこうと思いました」とおっしゃってくれました。
参加者の皆さん、ありがとうございました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

5月の中野支部レポート|024

2013年5月18日(土)に、第24回中野支部瞑想会を開催しました。前半は、初心者の方を中心に瞑想の基本を説明を。
睡眠不足気味で眠そうにしていた方には、睡眠と瞑想は、はっきり区別して瞑想中は眠らないことが大事だとアドバイス。また、休日にしっかり睡眠を取って、瞑想もしっかりやる。そうすると、翌日からの生活リズムに、瞑想するためのいいサイクルができると、個人的な経験からお話ししました。

今回の呼び水のテーマは、「給食」。いろいろなメニューや食器、教室の様子などの思い出が出ました。その中で、給食のマーガリンをどうやってパンにつけるかを研究していたという話がありました。

その方は、自宅で呼び水をやっても、あまりはっきりした記憶は出てこないとおっしゃっていたのですが、マーガリンの思い出を話されていた時の嬉しそうな様子が印象に残っています。
マーガリンをすくってパンにつけるのがいいか、パンをちぎってマーガリンにつけるのか。毎年、担任が変わるごとに、先生がどうしてるのかも観察してたとか(笑)。聞いてるだけで、とても楽しかったです。

誰にも、ささやかな楽しかった思い出が、他にもたくさんあると思います。呼び水をやる時は楽しいことをテーマにした方がいいですが、そんなに大きな楽しい思い出でなくていいんです。日常の小さな楽しい思い出。そういうものを思い出したとき、しっかり楽しみ喜ぶことが、次にまた思い出すコツのような気がします。
ささやかな日常を思い出した時こそ、じーんと懐かしく嬉しいものです。何年か前、ぼくは、子どもの頃に庭にあった銀のじょうろを思い出したとき、ただただ懐かしくて、涙が出ました。

また、先月の中野支部瞑想会で、子どもの頃の友達を思い出したseiseiさんは、それ以来、ぱったりと、対人不安がなくなったとのこと。穏やかで明るい表情をされ、肌まですごいつやつやになってて、びっくりでした。不要なプログラムから自由になると、生き生きとして、本来のその人になっていくんですね。

宝彩瞑想リーダー:チバ

4月の中野支部レポート|020

2013年4月21日(日)に、第20回中野支部瞑想会を行いました。初心者の方の質問に答えつつ、しっかり瞑想し、穏やかな時間となりました。呼び水は、子供の頃のおもちゃや遊びがテーマ。
今回は、参加者の一人、e-講座受講生のseiseiさんの感想を紹介します。

あの呼び水の後の瞑想で思い出したものは、小さな頃の友だちとの関係です。

何の理由もなく、目的もなく、ただ一緒にいる、遊ぶ。
何の条件もなく、判断もなく、ただ受け入れ合っている。
そういう関係性でした。全てピュアだったとは思わないけれど、とてもシンプルで近しかった、友だちという関係の本質のようなもの。
そういう関係を与えてくれた友だちに、ただただ感謝です。

長じて、人との関係でいつも感じていた、小さな引っかかりの数々、小さな嫉妬、小さな軽蔑、認められない不安、自分の人間性への不信…
そういうものが多く混じると、人との関係がざらついた後味になるのでした。

そうなる前の、信頼という自覚すらなく、いろんな考えが邪魔することのない、友だちとの親密さをわたしも持っていたことを、体験し知っていたことを、完全に思い出しました。

ここのところ、何年も連絡してなかった友だちにメールしたり、会ったりしていましたが、「前とは違う」ように感じていました。
小さなささくれや抵抗がなくて、スムースでラクだな、って。

それは、自分の日常に(遠いどこかではなく)ささやかでも素敵なものを見いだそう、と転じたら人に対しても、素敵なところや共感できるところを自分なりに発見しよう、になり、相手からどう思われるかより、「友だち」というかただ「好きなひと」や「響くひと」がいればいいやって、単純な結論になったからでした。

そうしたら瞑想で、もっと単純に「ただ安心して一緒にいた」体験も思い出して、またひとつ、自分の中に灯りがともりました、最強のお守りゲットです。
長年の対人不安から、やっと抜け出たのかも?しれません。

ということで、実り多き瞑想会でした、ありがとうございました。

seiseiさん、ありがとうございました。瞑想会をきっかけに、こういった体験をしていただけるのは、嬉しいものですね。

宝彩瞑想リーダー:チバ

3月の中野支部レポート|019

2013年3月23日(土)の午前に、第19回中野支部瞑想会を行いました。
「マントラをどんな感じで唱えればいいんでしょうか」という質問があり、お話をうかがうと、けっこう早く唱えているということでした。
これは、わりとよくある思い違いで、雑念が出ないように、マントラを大きな音で唱えたり早く唱えたりする人がいます。ですが、それは瞑想の目的からはずれています。

雑念が出ないようにするのではなく、出てきた雑念を追わないのが、瞑想です。なので、マントラは静かにゆっくり唱えた方がいいです。その方が雑念に気づきやすいので。
ただし、「雑念が早く出てこないかなあ」と雑念を探すのも雑念なので、まずは、しっかり、マントラに集中することが大切です。

他には、ヨガをされてる方から、「いろんな呼吸法があってどれがいいのか迷ってしまいます」との質問がありました。瞑想にとっていいのは、骨が動かない呼吸。なるべく身体からの刺激が頭に上がってこない、呼吸をしていることを忘れられる呼吸です。具体的には、腹式呼吸(丹田呼吸)です。

宝彩道場では、丹田呼吸をC呼吸と言いますが、瞑想中や一定の時間だけこの呼吸法をすればいいというわけではなく、日常でも、その呼吸で息をしていこうというものです。こういった説明の後、実際に、C呼吸の前段階のB呼吸の練習をしました。
http://hosai.world.coocan.jp/kokyu/k-exp/koexp-b01.htm

他には、「雑念とは何か」を理解するためのワークも、いくつか行いました。瞑想は合計4本。また、瞑想会後は、何名かの方とイタリアンのお店に行って、楽しい時間を過ごしました。
参加者のみなさんありがとうございました。おかげさまで、充実した瞑想会でした。

宝彩瞑想リーダー:チバ

3月の中野支部レポート|017-018

2013年3月17日(日)に、第17回・第18回中野支部瞑想会を行いました。参加者は4人と5人で、そのほとんどがe-講座未受講で、瞑想会も初参加。会場の「なかのZERO」に隣接する、紅葉山公園では、桜が咲き始めていました。

第17回では、初心者の方から瞑想の第一段階についての質問が。いくらでも雑念が出てくるが、これで瞑想ができているんでしょうか、という質問です。
雑念を出さないようにするのが瞑想なのではなく、出てきた雑念を棚上げしていくのが瞑想なので、次々と新しい雑念が出てきているのなら、きちんと瞑想できています、とお答えしました。
また、瞑想の第一段階では、基本的に、その日見たこと、聞いたこと、考えたことを片付ける必要があるので、1本の瞑想で、全て片付けるのは難しい。できれば、休日とかにまとめて3〜5本ぐらい瞑想すると深くなりやすいとも。

その方は、続けて瞑想した経験はなかったとのことで、支部瞑想会で何本か瞑想することで、たしかに、雑念が少なくなってきたと実感されていました。

第18回では、何度か瞑想した後に、紙とクレパスを使って、2つのワークを行いました。まず、「今、自分は幸せだと思える理由」を10個書き出す。そのうちいちばん気に入った1つを選んで、少しの間、目を閉じて、じっくり感じてもらう。

次のワークでは、「自分の人生はこれで良かったと思える理由」を10個。今度は、そのうち3つを一人ひとり、声に出して読んでもらいました。理由の後に、「だから、私の人生は、これで良かった」と付けて。聞いている人たちは、「おめでとう。良かったね」と思いながら聞いてくださいと。

いろいろな「自分の人生はこれで良かったと思える理由」がありました。聞いてるうちに、胸がジーンとしてきました。やがて、参加者の中から「拍手をしよう」という声があがり、聞き終わるたびに、パチパチパチ。

その後、1回瞑想して、「呼び水」。みんなで、子供の頃に好きだったおもちゃの絵を描きました。最後の瞑想で、第二段階に入り、古い記憶にアクセスできた方が何名かいらっしゃいました。

お二人の参加者から感想をいただきましたので、ご紹介します。

チバさま

昨日はいろいろと教えていただいて、ありがとうございました。

瞑想会でもお話しましたように、私は毎日瞑想をしていても、第一段階から第二段階へなかなか進まずにいました。そこで、棚上げの方法が間違っているのかな?とか、マントラの唱えかたがおかしいのかな?などと考えていましたが、答えは私にとって思わぬところにありました。

瞑想会の中盤で「自分がいま、そしていままでも幸せであることに気付く」ワークに取り組みました。自分が幸せである理由を10個挙げ、その中でいちばん大切なものを思い浮かべる。それだけのことですが、このワークをやった後の瞑想では、すんなりと第二段階に行くことができました。

普段の瞑想では、思考の種を片付けても、まだ何か残っているような気がしていたのですが、それは「自分がいま、幸せである」という当たり前のことに気付いていなかったからだと思います。
だから、せっかく第一段階で思考の種がなくなりかけているのに、「いやいやこれじゃ充分じゃない。もっと幸せになるために、これこれを検討しなきゃ」と、思考の種をその場でせっせと「作り出す」または「探す」ようなことをしていたのだと思います。

「自分がいま、幸せであることに気付く」ということは、とてもささいな心の持ちようかもしれませんが、私にとっては、瞑想の深いところへ行くための鍵のようなものだと思いました。
と同時に、そのことにいままで気がつかずにいたのは、「幸せでありたい」という欲を強く持っているからだということにも気付きました。

昨日の最終回の瞑想では、自転車に乗って友達と一緒に近所を走り回りました。やがて夕暮れになり、団地の壁がオレンジ色に染まってゆく様子をありありと思い浮かべることができました。

また、機会があれば瞑想会に参加させていただきたいです。貴重な時間をいただいて、ありがとうございました。

やまちゃん

チバさま

第17回、18回と連続で参加させていただいて、やり方や、考え方など、とても勉強になりました。

普段1日1回しかやっていなかったので、体がびっくりしたかもしれません(笑)

自分で瞑想する際の参考になりました。

また、ほかの参加者の方とのワークや交流も楽しかったです。

機会があれば、また参加させていただきます。

あつし

宝彩瞑想リーダー:チバ

3月の中野支部レポート|016

2013年3月10日(日)の午後、第16回中野支部瞑想会を行いました。参加者は8人で、そのうち3人が初参加の方でした。

瞑想の棚上げについて質問された方に、後悔とか悩みとかいったような何か大きな案件はないのかと確認したところ、「そういったものは、本に書いてあった『愛と欲の8要素』を使って、日中気分が悪くなったら、解消しています」と、さらりとおっしゃられました。

これまでも、「愛と欲の8要素」など日中の修行の大切さは、何度も話してきましたが、e-講座受講生以外で、自分でやっているという方は初めてだったので印象的でした。
「愛と欲の8要素表」を日常で活用することは、とても大切です。日常の修行をすることで、日中、気分よく過ごせるのはもちろんですが、自分の思考の癖や、元欲、プログラムといったものに気づけます。

また、感情つきの大きな案件は、日中、あるいは瞑想前に解消しておいた方がいいです。日中で怒りを感じたことをそのままにしておくと、瞑想中に出てきて、やはり怒りを感じます。解消しておけば、感情的なこだわりのない事実として、瞑想中に出てくるだけです。
つまり、後悔や怒りや不安などの大きな感情を伴う案件は、日中に解消しておけば、瞑想中の棚上げもやりやすくなります。その解消のひとつの方法として、「愛と欲の8要素表」使った愛転化はおススメです。

愛と欲の8要素表

宝彩瞑想リーダー:チバ

1月の中野支部レポート|015

2013年1月27日(日)の午後、第15回中野支部瞑想会を行いました。少人数で、しかも3時間のコースだったので充実した会になりました。やる側としても、3時間の方がいろいろできるので楽しいです。今回は、参加者の方からいただいた感想をご紹介します。

「息を吐く時は、力を抜くだけでいいんです」という腹式呼吸の練習での説明に、はっとしました。力を入れて吐いてましたから。
「内蔵を下に押し下げていた力を抜くだけで、自然に横隔膜が上がって息が出ます」とのことで、実際、やりやすくなりました。
そして、腹式呼吸の練習をしていると、すごい幸福感になってしまって、びっくり。その気持ちよさに、日常で呼吸の練習をやるぞと、俄然、やる気になりました。

呼び水の『子どもの頃にした遊びやおもちゃ』、愉しかったです。紙ヒコーキ、石蹴り、秘密基地、泥だんご、牛乳瓶のふた集め、ごっこ遊び、ダンボールで土手滑り、葉っぱでつくった舟の川流し、あぶくたったにえたった、コックさんの絵描き歌、スライム、チョロQ、ヨーヨー、ビー玉、おはじき、羽子板、凧揚げ、etc

と、皆で順番にあげていってると、自分ではすぐには思いつかなかったものがたくさんあって、頭の中の様々なところが、じゅわん、じゅわん、と刺激されて、とても快感でした。それに、場の雰囲気も、す~っと深い感じに変わっていくのが面白い。
呼び水後の瞑想では、私は、リアルな映像ではまだ見えませんが、『ハクション大魔王』とそのころのことが、脳裏に懐かしく浮かんでおりました。

不思議なことに、瞑想会後、瞑想するときの感覚が変わりました。今までMUSTでやっていたのが、興味に転じたという感じです。瞑想会に参加してよかったです。ありがとうございました。

今回は、瞑想は全部で6回でした。参加者のみなさん、ありがとうございました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

1月の中野支部レポート|014

2013年1月20日(日)の午後、第14回中野支部瞑想会を行いました。いつものように体操2種類から始めて、まず瞑想。
初めて瞑想会に参加する方の参加申込メールに、「第二段階へ行くためにはどうすればいいか」という質問があったので、『瞑想のニュートン算』や『瞑想の真髄のサマリー』を使って、瞑想がどのように進んでいくのかを説明しました。

瞑想の第一段階でするのは、マインドの机上の思考の種の片付けです。その思考の種を全て片付けると、マインドにとって仕事がなくなり、自然とマインドは休止し、瞑想の第二段階に入る。
なので、瞑想の第一段階で必要なのは、雑念のない状態で、集中してマントラを唱え続けることではなく、いつのまにか出てきた雑念に気づいて、その考えを手放すこと、途中でやめること。この作業(浄化三手順)を繰り返していくと、雑念はしだいに小さくなっていく。
といった基本的な説明です。

また、思考の種とは、現在の五感情報とその日、見たことや聞いたこと、考えたことといった日中の記憶データなので、瞑想1本では、これを全て片付けるのは難しい。1日1本の瞑想も、それはそれで意味のあることだけど、たとえば、休日に3~5本ぐらい続けて瞑想することもした方がいいという話もしました。
あと、「第二段階に入りたい」というのも欲なので、瞑想中は、それも棚上げの対象ですという話も(笑)

今回は、呼び水もやって、瞑想は全部で4回。参加者のみなさん、ありがとうございました。

そのあと、「あの出来事もあったおかげで、今の自分がある」と思ってみる。さらに、「あの出来事があって、良かった」と思える理由を考えてみる。こういったワークを行ってもらい、そのまま、次の瞑想に入りました。

宝彩瞑想リーダー:チバ

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